謹んで哀悼の意を表したいと思います。
「多くの人々の未来が、一瞬にして消えてしまった・・・。
だから、今私たちはこの瞬間を大切に生きなければならない・・・。」
あれから12年・・・。記憶を風化させてはなりません。
大震災から12年、オリックス黙祷
オリックスは17日正午に大阪市の球団事務所、神戸市の本拠地スカイマーク、同市の合宿所「青濤館」の3カ所で黙とうを行い、95年に起きた阪神・淡路大震災の犠牲者を悼んだ。当時若手選手だった三輪2軍バッテリーコーチは「この日を忘れず、風化させてはいけない。今年から(本拠地が)大阪に変わるが、もう1度野球を通して、勇気づけたい」と話した。
12年前の今日、阪神・淡路地域を襲った未曾有の大地震による大災害・・・。
肉親を亡くされた遺族の方々にとって、今年は十三回忌です。
あの日から12年・・・・・被害に遭われた方にとっては、つい昨日のことのように今だ悲しみは癒えておられないことと思います。
しかし大阪に住み、食器が沢山割れてしまったものの命どころか怪我さえもしなかった私にとっては、あの日の記憶はどんどんと薄れていくばかり・・・。
そんな私には、あの「阪神淡路大震災」のことを語り継ぐ資格や体験など全くありませんが、あの時に開催さえ危ぶまれた中で、地元・神戸を中心とする被災地域の方々に勇気とパワーを与え、また反対に与えられながら、ペナントレースを疾走し遂に奇跡の初優勝を遂げたプロ野球チームがあったことを伝えることしかできません・・・。
監督・コーチ、そして選手達のユニフォームの袖口には、被災された方々に向けたメッセージが刺繍された揃いのワッペンが縫い付けられました。
頑張れ! でも 頑張って下さい! でもなく・・・
がんばろうKOBE
見晴るかす神戸 海青き街に
勝利の旗を運ぶもの
その名はブルー・ウェーブ
プロ野球の長い歴史の中でも屈指の、感動的な優勝だったと思います。
マジック1としたあと、神戸で千葉ロッテとの3連戦がありました。
もちろん胴上げをこの目で見ようと連日超満員でしたが、ここで何と2連敗・・・。
流石に3連敗はないだろう!と居ても立ってもいられなくなり、私も「グリーンスタジアム神戸」へと走りました。
しかし願いも虚しく3連敗を喫して、地元での胴上げという夢は叶いませんでした・・・。
それから数日後、「西武所沢球場」で仰木監督の体が宙を舞いました!
しかし日本シリーズでは野村ヤクルトの前に敗れ、日本一は逃しました・・・。
しかし、その雪辱を胸にチームは翌年V2を果たしシリーズも長嶋巨人をねじ伏せて遂に悲願の日本一を勝ち取ったのでした。





今日はブログを始めてから初めて迎えた「1.17」でした。
これからも阪神大震災が生んだ悲劇とともにそこから生まれたボランティア精神や防災意識、そしてその年のプロ野球に起きた奇跡の記憶を風化させなためにも、神戸で試合を開催し続ける責任がBsにはあると私には思えます。

震災によって奪われた「尊い命」に合掌。
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