Bsとともに・・・
亡き仰木さんの遺志を引き継ぎ闘うオリックス Bsの毎日を、なまぬるいファンの立場で応援し、見守るBLOG
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1月12日 遂に!嬉しいけど、1年前ならもっと良かったのに。

この日が来るのをどれほど待ち望んだことでしょう!

でも、1年遅かったです・・・。

もう1年早ければ・・・。


残念ではありますが、ファンとしてようやく正式に決定したことを心から喜び合いたいと思います!

・・・今でも根強いファン沢山おられます。




ねっ!阪急ブレーブス・ファンの皆様!!



・・・・・何か文句でも!?(笑)


舞い上がってしまったのはこのニュースのせいです。


故梶本氏と松永氏が殿堂入り

野球殿堂入りを決める野球体育博物館の競技者、特別両表彰委員会は12日、競技者表彰として元阪急(現オリックス)投手の故梶本隆夫氏、特別表彰として1984年ロサンゼルス五輪で金メダルを獲得した野球(公開競技)の日本代表監督だった松永怜一氏(75)の殿堂入りを発表した。殿堂入りは計161人となった。

梶本氏は阪急の低迷期に快速球左腕として活躍。通算で歴代3位の867試合に登板し、254勝255敗。1957年の9連続奪三振はプロ野球記録。シーズン20勝を4度マークしながらタイトルとは無縁で「無冠のエース」としても知られた。引退後は阪急の投手コーチを経て、79、80年には同監督を務め、昨年71歳で死去した。

松永氏は65年に母校の法大監督に就任し、田淵幸一氏(元ダイエー監督)、山本浩二氏(前広島監督)らを育て上げ、東京六大学リーグで6度優勝した。社会人野球の住友金属を率いては日本選手権で2度優勝し、ロサンゼルス五輪の日本代表を指揮して金メダルを獲得した。その後は日本オリンピック委員会(JOC)の選手強化本部長などを歴任した。

競技者表彰は、プロ野球取材経験15年以上の記者による記名投票(10人までの連記)で有効投票総数の75%(今年は229票)が当選必要数。故梶本氏は261票を獲得した。

表彰式は7月20日のオールスターゲーム第1戦(東京ドーム)で行われる。



Wall  of  Fame .

梶本さん!

球歴


毎年、毎年、次点に泣いていた梶本さんでした。

競技者としての実績は申し分なし。

高校時代

18歳でオールスター

強力な打撃も伝説

暗黒時代を支え続けた左腕


また指導者としても、老若分け隔てなく慕われる人望の厚さも申し分なし。

監督時代


なのに永年、後一歩のところで「殿堂入り」を逃し、いつしか「球界の七不思議」の一つとして数えられるようになりました。

そして昨年、まだまだこれからという時に、天に召されてしまわれました・・・。

球場全員で黙祷を捧げました


私自身は「ヨネ・カジ」世代ではなく「ヤマ・ヤマ」世代ではありますが、監督や監督代行、コーチや解説者時代の温厚な笑顔と優しい語り口は、今流行のまさに「癒し」そのものでした。

現役時代を知らない世代ではありますが、私はファンになって以来、ずーーと大好きな方でした。(米○さんよりも・笑)

追悼のセレモニー


できることなら、「殿堂」に飾られる自らのレリーフをその手に抱いて、満員の観衆の喝采を浴びて欲しかったと心から思いますが、もうそれは叶わぬ夢と終ってしまいました。

そのことに対する悔しさを消すことはできませんが、本来ならばとっくに選ばれても何ら不思議ではない「偉大なる勇者」の殿堂入りがようやく叶ったことは、素直に喜びたいと思います。

優しい笑顔が忘れられません



そしてまたいつか、東京の野球博物館内の「野球殿堂」へ梶本さんを訪ねてみたいと思います・・・。



(次に殿堂入りを目指すのは我らのヒデジ@ちゃーさんですね!)

殿堂入りがまだなのは・・・




余談ですが、「故梶本氏と松永氏・・・」の文字を見て思わず飛び上がって天井に頭をぶつけた阪急ファンは、私だけではないでしょう(爆)

本当ならあのお方も将来は・・・・・。いや、ここでは止しましょう

通算2000本安打」を先日見事に達成されたあのお方勇姿は、来週大阪(の)ドームで約10年振りに拝見することができます!

私の心の中の永遠のヒーロー


今からドキドキしています(笑)

とっても楽しみです!

最後のミスター・ブレーブスのあの方の阪急・オリックス時代の背番号を引き継いだのは、最後のミスター・ブルーウェーブ藤井さんでしたね!



その栄光の背番号は「8」でした・・・・・。



そして今日、その「8番」のBsでの後継者の退団が正式に決まりました。

スルーしようと思いましたが、間違いなく昨シーズンは我々とともに戦ってくれたBs戦士でした。

良くも悪くも強烈なインパクトを与えて、Bsを去ることとなった中村選手・・・。

今までの活躍に感謝を込めて、その最後の姿をお伝えしたいと思います。


ノリ決裂、トレードか自由契約へ

オリックス中村紀洋内野手(33)の退団が12日、決定した。この日、午後4時半から中村と球団が最後の交渉を行ったがこれまで同様、妥協点を見いだせず、決裂した。今後、球団はトレードを探り、成立しない場合は自由契約にする。

退団を伝えるニュース

違う球団で手を挙げてくれるところがあれば

今度は


今季はどこのユニフォームを着ようとも、「今度は命を懸けてまでプレーをしたいと思います」という言葉を忘れずに頑張ってほしいと思います。


遂に、ブログ上でしか語られることのなかった「ファンを想う気持ち」・・・。

近鉄時代から中村選手を愛し、応援し続けた方々の気持ちを思うと、最後の一言くらい「ファンへの感謝の言葉」を聞かせてあげてほしかったなぁ、というのが私の正直な気持ちです。

もぎたてさんの印象的なお顔
(もぎたてさんもお疲れ様でした)

1年間、ありがとうございました!

これで長かった「W中村の1年」が終わりました・・・。



この交渉の前には、未更改で交渉中であったダカヒーの4回目の交渉がありました。


オリックス日高、保留も残留宣言

オリックスからFA宣言した日高剛捕手(29)が12日、ようやく残留を宣言した。辻口信良弁護士(59)ら「チーム日高」の3人の代理人が大阪市の球団事務所を訪れ、宣言後4回目の契約更改交渉。冒頭で同弁護士は「残留させていただきます」と球団に伝えた。ただしFA宣言前の2年1億6000万円より低い条件を提示されたもようで、同弁護士は保留。同弁護士は「きょうはまとまっていません。あとは球団に聞いてください」と言葉少なに話した。(金額は推定)


こちらは何とか契約がまとまりそうですね・・・。


一安心。


代理戦隊「ベンゴシジャー」の3戦士の合体アタックも実らず、査定担当怪人の軍門に下りました。

でも、これ以上の長期戦闘銭闘になると「退団する?」と思われるので仕方がありません・・・。

球団は、確かに「大砲」を一門失いましたが、それを上回るもっと強力な「抑止力」を手に入れたのかも知れません。


この調子塩Zひらりんも、抜いた刀は元の鞘に収めさせられることになるのでしょうか。

ファンにしてみると、早くすっきりと全員の「鼓動を一つに」してほしいと願うばかりです。

あと約半月でキャンプ・インですよっ!


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