Bsとともに・・・
亡き仰木さんの遺志を引き継ぎ闘うオリックス Bsの毎日を、なまぬるいファンの立場で応援し、見守るBLOG
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12月19日 守護神復活に向けてサイン。もうお一人は保留。

この日の交渉は、一選手プラス一代理人がテーブルに着きました。

そして、ある意味「予想通り」サインは一人だけでした・・・。



選手契約更改⑭


大久保様


今季、心ならずとも救援失敗を重ね、挙句には守護神失格の烙印を押され、失意のうちに「あの地獄のリハビリ」を過ごしたファームへの降格も経験した今季の大久保様・・・。

今季の成績は34・2/3を投げて防御率は4.67、被安打42、被本塁打6、自責点18。

因みに昨年は39・1/3を投げて防御率は1.60!被安打30、被本塁打1、自責点7

数字は全ての部門で悪くなっています・・・。

中でも特筆すべきは自責点です。

今季の自責点18の内、実はホームであるスカイマークで6点、大阪(の)ドームで4点の計10点と、半分以上を取られています・・・・・。

大久保様!


このことが何を意味するかは説明不要でしょう・・・・・。


スタンドのファンからも厳しい声が飛びました。

世界で一番、頑張っている不器用なあなたが好き~♪」が掛かると

小さなブーイングも私は何回か経験しました・・・。


昨年の交流戦でおよそ3年振りにマウンドに生還した「元・新人王」の昨シーズンは、どんなピンチでも表情一つ変えることなく伝家の宝刀・フォークと魂から迸るかのようなストレートとスライダーを自由自在に操り、相手打者をなぎ倒してくれました。

シーズン当初のクローザーヒバゴンの予定でしたが、開幕後1ヶ月ほどでその構想は脆くも崩れ去り、チームは序盤から早くも正念場を迎えた頃の鮮やかな復活劇でした。


私は知っています。


耐え難い痛みとの闘い、世界でも例を見ない困難な手術、いつまでたっても投げられない孤独・・・。


その地獄のような日々に耐え、打ち克っての復活だったのです。

無表情ながら黙々と投げ込む大久保様の「光背」に燃え滾る「劫火の炎」を見た様な気がしたとき、私は大久保様の中に「不動明王」を見ました・・・。

そしてシーズン終了後に残した前述の成績も、殆ど「神」憑りの数字でありました。

穏やかな表情の「不動明王」


この成績に満足していないのは、決してファンだけではありません

来季の大久保様の「2度目の復活」をご本人とともに楽しみにしたいと思います!

そういえば、大久保様も私の後輩でしたね(汗)

来季の大事な場面では「ここは大久保しかいない」と是非とも声を大にして言いたいです!



一方、もう一人の選手の代理人(とても野球が好きな方らしいですが)の交渉の方は下記のとおりでした。


オリックス中村の代理人が2度目の交渉

オリックス中村紀洋内野手(33)の代理人・茂木立(もぎたて)仁弁護士(39)が19日に大阪市内の球団事務所で2度目の契約更改交渉に臨んだが、大きな進展はなかった。いまだ球団側からの金額の提示はなく、中村がチームの必要戦力かどうかの話し合いに終始した。「(中村は)体を張ってプレーしたいという思いを持っている。それを全うするために、確認しないと動けない」。今季は責任感から故障をおして試合出場を続けたが、それに関する球団の対応に不満を抱いていた


暫く時間がかかりそうですね・・・。

タダ」でさえイメージは決して良くありません・・・。

これ以上悪くならなければいいのですがねぇ・・・・・このチーム



これで未更改の選手は5人になりました。

改めて整理すると、投手は吉井組長川越前会長の2人。

野手はひらりん良太、そしてチーム初の2度目の保留となったノリです。

ピッチャーの2人は、2人で仲良く今頃はアメリカで自主トレに励んでいます。

帰国は22日の予定なので、明日の交渉はひらりんと良太の何れか、或いは両方でしょうか。


それも気になるところですが、同じくらい気になるのは人々から忘れかけられているような気がするFA宣言の2人のことです・・・。

ノりの契約共々長期化は必至ですね。



さて話題を変えましょう・・・。


昨日いただいたコメントの中で、T.ポリマーさまからある情報を伺いました。


12月18日の某新聞夕刊に藤井スカウトの記事が載っていますよ。

慣れない職場で困難な仕事。頑張って欲しいです。(でもいつかまたユニフォーム姿を...)

記事には故三輪田さんの名が...

ちょっと感慨深いものもありました。




ウチでは某新聞は取っておりませんので、早速いろいろと手を尽くして・・・。

何とか手に入れました(笑)

短い記事ではありましたが、私がファンとして自分の人生を重ね合わせてて見続けてきた「藤井康雄」さんの近況を少しだけ知ることができました。


是非とも皆様にもお届けしたいと思います。


藤井スカウト!


 かつて門田博光やブーマーらとともに、オリックスのブルーサンダ」打線の中核として活躍し、「ミスター・ブルーウェーブ」と呼ばれた男が、今オフからネクタイを締めて奮闘している。

 来年一月一日付で球団スカウトになる藤井康雄氏。「毎日、スーツ姿で電車出勤しているので、家族は今までとずいぶん違うなと、興味深そうにしていますね」と苦笑する。

現役時代は勝負強さと長打力が武器だった。通算満塁本塁打14本は、現在でもパ・リーグ記録(プロ野球記録は王貞治=巨人=の15本)として残る。2002年限りで現役を退き、2軍打撃コーチに就任した。

しかし、球団の公式ホームページで行われるファンのアンケートに、引退後も現役選手に交じって名前が登場するなど、相変わらずの人気ぶりだ。

 新しい職場では、関西地区を担当する。だが、社会人では東京都に本拠地があったプリンスホテル(野球部はすでに廃部)でプレー。大阪・泉州高から社会人に進んだため、大学とのルートもない。

それでも球団幹部は「今でも人気、知名度は大変なもの。それをフルに生かしてほしい」と、“金の卵”の発掘に大きな期待をかけている。

 打撃コーチからスカウトへの転向に、藤井は最初、戸惑いを隠せなかったという。

ユニホームを着続けていたいという気持ちに加え、“浪速のゴジラ”こと岡田貴弘内野手ら一緒に汗を流した若手選手のことも気懸りだった。

 だが、「選手の発掘も大事な仕事に変わりはない」と新たな一歩を踏み出すことを決断。

現在は来年3月に行われる社会人野球の大会に向け、リストアップした選手の情報を頭にたたき込み、パソコンでの情報処理の仕方などを猛勉強中だ。

 自らの入団時に世話になった故三輪田勝利スカウトには「いつも親身になって相談に乗ってもらった」という。スカウトとは「第2の親」。入団後も陰から支えてくれた三輪田さんのように「選手の親代わりとなって、何でも話ができる関係を築きたい」と、柔和な笑顔で目を輝かせた。(嶋田知加子)


藤井康雄(ふじい・やすお)

1962年7月7日、広島県生まれ。大阪・泉州高(現泉州学園飛翔館高)からプリンスホテルを経て、87年にドラフト4位で阪急(現オリックス)入団。

通算成績は1641試合に出場し、打率.252、861打点、282本塁打。181cm、81kg、右投げ左打ち。




この秋の監督以下の人事の大幅刷新で、いよいよ1軍バッティングコーチとしてこれから毎日お顔を拝見できる!と喜んでいましたところ、寝耳に水のスカウト転身・・・。

最後のミスター・ブレーブス。或いはミスター・ブルーウェーブ

若き勇者


その我らの「康雄さん」が遂にユニフォームを脱ぐことになりました・・・。


今だから告白いたしますが、暫くは悲しい気持ちで落ち込み、球団に対して恨んだ時期もありましたが、チームのために、そして将来の自身のグランド復帰のための貴重な経験だと前向きに考えて応援しようと思いを改めました。

案の定、ユニフォームからスーツとネクタイに服装は変われども「康雄さんは康雄さん」でしたね!

かつて故・三輪田さん藤井康雄を、そして鈴木一朗を(それ以外にも沢山の選手を)見出したように、今度は第2第3の一時代を築くスーパースターの原石をチームの一員に是非とも加えてください!


T.ポリマーさま、情報をどうもありがとうございました!

代打・藤井!キャッチャー中嶋!


男の底力を 見せろよ藤井! 期待に応えて 頼むぞ一発!


これからも、いつまでも、若々しい康雄さんは康雄さん」であり続けてください。

やさしい眼差しでした・・・


ただし、数年後に再びユニフォームを着る時に体形が変わって「誰!?」というのが全くイメージできない方ですので、トレーニングも頑張ってください(笑)


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