Bsとともに・・・
亡き仰木さんの遺志を引き継ぎ闘うオリックス Bsの毎日を、なまぬるいファンの立場で応援し、見守るBLOG
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
11月16日 高知C第4Kur初日と仰木さんの「お」

高知キャンプは今日から第4クールが始まりました。

公式が伝えるキャンプ情報は、今日はテスト参加の「吉田修司さん祭り」(笑)

コリンズ監督様たちが見守る中で、今日はブルペンでのピッチングを披露しました。

コメントからも好印象であることは充分伝わります。

明日はいよいよ実戦でのテストとなりますが、この少し過剰ともいえる報道を見ると既に結果は見えているような気がするのは私だけではないでしょう(笑)

今は秋の終わりですが、来年の2月1日に吉田修司さんプロとして19回目の春が来ることを願っています!


そしてこのニュースの他にも、今日はとっても嬉しいニュースがありました!


「仰木ロード」宮古島市が正式名称認定へ

オリックスの春季キャンプ地の沖縄県宮古島市が、島内の通称「仰木ロード」を正式な観光名所として認定する準備を進めていることが15日、分かった。「仰木ロード」は仰木彬元監督(享年70)が愛用した散歩コースで、宮古島市民球場から同市上野字宮国のチーム宿舎まで約13キロの道のり。今年2月には、清原がキャンプ休日に故人をしのんで歩いた。オリックス宮古島協力会の平良勝之事務局長(57)は「私たちは仰木監督を忘れない。監督にちなんだものを大切にして行きたい」と語り、宮古島市の観光名所としてPRする考えを明かした。・・・・・

仰木ロードを歩く在りし日の仰木さん


球団の仰木体制を消そうとしていることを感じる・・・


期待と不安が渦巻く中で紆余曲折の末に誕生した我がBs。監督を引き受けられた仰木さんに請われる形で、仰木さんと同じく近鉄・BW両チームのOBということでホークスから合併球団へ引き抜かれ、共に闘ってくれた新井コーチ退団時のコメントでした。

今季限りでBsのユニフォームを脱ぎ、3年振りに常勝ホークスへと復帰。辞任という名の解任に見えてしようがありません。

(監督はSAでフロント入り、ピッチング・コーチは何とそのまま留任・・・。何をか況や)

日本人コーチとしては稀有で卓越した才能の持ち主であるこということは、もはや王さんにしかわからないということなのかも知れませんね・・・。

サンクス・仰木・イヤー」であったはずの今シーズン。プレーオフ進出が最低目標であったにもかかわらず、チームは夏の終わりが来る前に終わりが告げられました

気が付けば「仰木さんのために!」が、いつの間にか「来季は大阪元年!」に摩り替わり、首脳陣は大幅刷新。

球団は、ついに恩人であったはずの「仰木さんの腹心」新井さんまで辞任に追い込みました・・・。

もっとも、仰木さん自らが自分の後任監督にと推薦しながら、鶴の一声で覆したあのお方

そして遺言とも言うべき「レギュラーは確約しないこと」の教えをすぐさま無視してレギュラーの空手形を打ちまくり、挙句に惨敗の敗因を自ら以外に求め続けたあのお方

そして「仰木さんの最後の息子」で永年の功労により得たFA権利保持者でもあったよしくんまでも放出・・・。

仰木さん亡き後の仰木ファミリーや仰木チルドレン達の心は、どれだけ深く傷ついたことでしょう・・・。

そして、球団からはもう「仰木さん」の「の字さえも出て来なくなってしまいました。

仰木さんのベンチ

しかし、私の胸の奥には、今でも仰木さんがいらっしゃいます・・・・・。


そんな中で、この嬉しいニュースでした。


悲しみや寂しさ、怒りを感じていたのは私だけではなかったのですね!


仰木さんが心から愛した、北九州、大阪・神戸、そして第三の故郷、宮古島・・・。

そこに住む人々の心の中にも、今でも仰木さんがいらっしゃったのですね!


私たちは仰木監督を忘れない。監督にちなんだものを大切にして行きたい


これを読んだ時に私は、不覚にも溢れる涙を抑えることができませんでした。

海も山もやさしい宮古島

私以外にも多くの方々の心の中には、今でも仰木さんの存在が「過去」ではないのだということがわかり、感動で胸が熱くなりました。

一方で過去を忘れて新しい道を模索する。そしてまた一方では過去を忘れずにいつまでも大切にする。

共存不可能では決してないと思うのですが、この球団は「過去」との付き合い方がとても下手なように私には思えます。

「いつまでも過去にしがみ付く」とかそういうマイナスのイメージではないんです。

決して旧態然を良しとする訳ではないのです。

あまりにもこの球団は、他球団にも決して引けを取らないはずの「輝かしい歴史や先人」をリスペクトしなさ過ぎではないかと思えてならないのです・・・。

今回の久し振りに踊る「仰木」さんのお名前に嬉しくなったと同時に、柄にもなくこのようなことを考えてしまいました。

私はいつまでも仰木さんのことを忘れません。いつか必ず仰木さんと一緒に、Bsの日本一を見届けるのが私の夢です。

夢を、ありがとう


仰木さん。夢を、ありがとう!


ああ、あれから初めての12月15日が近づいてきましたね・・・・・。


あれっ?嬉しいニュースだったはずが、湿っぽくなってしまいましたね。


もう一つ、うれぴーニュースを(笑)

昨日の大輔会総本山の60億円(別に松坂さんが貰うわけではないのに)会見に隠れてしまいましたが、トリプルAから叩上げて世界一にまで上り詰めた我らの田口君凱旋帰国しました。

もう一日帰国がずれていたら、もっと大々的に報道されてもおかしくなかったのに(笑)

田口が帰国会見「思う存分に野球楽しめた1年」

米大リーグ5年目でワールドシリーズ初制覇を飾ったカージナルスの田口壮外野手(37)が15日、成田空港で帰国記者会見を開き「最後まで思う存分に野球を楽しめた1年だった」と、笑顔で振り返った。

 プレーオフでは勝負強い打撃や堅実な送りバント、守備で“世界一”に貢献し「時がたつにつれて実感がわいてくる」と感慨深げ。その一方、夏場以降は若手の台頭で出番が減ったことで「野球に必要な精神的なタフさも学んだ」と話した。
・・・・・


世界一の笑顔!


決して順風満帆とは言えなかったメジャー挑戦でした。

しかし、あの超人・ノリですら1年で音をあげた過酷な「罰ゲーム」と称されたマイナー・リーグでの試合をも文句一つ口にすることなく耐え続けて、メジャー昇格と降格を繰り返しつつ、小柄な体を強靭な精神力でカバーしながら努力を積み重ねて勝ち得た「自分の居場所」。

勝負強さを増したバッティング

心からおめでとう、と言いたいです。

そして「世界一のチームに欠かすことのできない一員」としての初めての凱旋でした。

夢を追い求め続ける永遠の野球少年の笑顔が、そこにはありました。


これからも輝き続けろ!

ソーーーーウッ!タグゥウチィイーーッ!(by DJ.KIMURA)

BW時代


宮古島で仰木さんと田口君

今日のニュースがつながった写真ですね。
宮古島・仰木さん・田口君(笑)


blogランキングというものに登録しています。

良かったら(1日1回クリックしていただければ嬉しいです!

こんな稚拙なブログではありますが、沢山の皆さんがクリックしていただいたおかげで、瞬間的に最高で驚きの第2位! にランクさせていただいたこともありました。


毎日更新を続けていくうえでの大きなモチベーションとなっております!


本当にありがとうございます!


これからもよろしくお願い致します。多謝!





スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。